和歌山県田辺市で推し学芸員さんの講演会があると知り、ちょうど手元には青春18切符。思い切って日帰りで行ってきました。
大阪からは片道約4時間。最寄り駅を5時台に出発。
きのくに線は思ったより海が見えなかったので、やっと見えた時にテンションが上がりまくった。
これまで熊野には2回行ったことがあるが、最初の時は特急で行って名古屋方面から来た師匠と那智勝浦で合流して、その次の時は神武天皇ルートを意識して橿原市からレンタカーで玉置神社に寄ったりしつつ行ったので、熊野古道の中辺路のスタート地点である紀伊田辺駅で降りたのは初めてだった。
せっかくなので講演会が始まるまでその辺を歩いて見てまわろうと、観光案内所でマップを手に入れてまずは闘鶏神社へ。
ちょうど市の日のようでにぎわっていた。
闘鶏の名は熊野別当の湛増が源氏と平氏の双方から熊野水軍の支援を求められて、どちらに味方するべきか鶏を戦わせて神意を占ったというのに由来するそう。それでか境内にはなかなか立派な鶏があちこちに見られた。


拝殿はこじんまりとした感じだけれど、その背後に本殿とずらっと社殿が並んでいて、瑞垣の隙間からのぞいてなるほど重要文化財…という趣きだった。
御朱印帳はまた忘れていた。

続いて田辺といえば南方熊楠でしょうと、邸宅へ向かう。
熊楠の何を知っているかというと、在野の研究者らしいというのと、なんか柳田国男と書簡めっちゃやりとりしてたというのと、神社合祀反対運動してたというくらいで具体的な研究は知らなかったんだけど、観光者としては名所らしき場所は行かざるを得ない。

顕彰館のところだけ、この石だか瓦だかレンガだかよくわからない塀が残されていた。
邸宅のとなりにある顕彰館はちょうど1階の展示室がリニューアル工事中で入れなかった。
2階に上がると熊楠関連の書籍がちょっとあり、いくつかの標本が顕微鏡で見られるように置かれていた。
後でサイトを見たところここは収蔵資料も多くわりと専門的なことをしている施設だそうで、1階はもう少しふらっと来た観光客にわかりやすい展示をするため改装していているところだったらしい。
あとここのグッズはどれもすごい魅力的で物欲が高まったが小遣いがあまりなかったので諦めた。
続いて隣の邸宅の敷地へ。


邸宅の玄関。
中に上がることは出来ず、庭の中を歩いて外側から中を見る感じ。

ボランティアの方が庭掃除をしていて、少し案内をしてもらった。
庭の新種の粘菌を発見したという柿の木とか。
外に見える煙突を指して「あの辺が新地で、あそこに(熊楠が)通ってたんや~」「へーかなり近いですね!」みたいな。
本で読むのと違ってこの実際の距離感が分かるのは現地に行ったならでは。
熊楠は昭和16年に亡くなったそうなので、地元では生前を知ってる方とか親世代に話を聞いた方とかおられるんだろうな。
部屋の中にはちょっとした家具や当時のものが展示されていて、中には熊楠が飼っていた亀の甲羅と骨の標本?もあった。

熊楠のお墓があるお寺も行こうと思えば行けなくもない距離のようだったけれど、時間的に微妙だったので次回のお楽しみにすることにして、講演会の会場に向かっていく。
途中で弁慶の産湯の井戸跡とか観光マップに載っていたところを見たり、

熊楠が原稿用紙などを買っていたという本屋に寄ったりした。
さすがに原稿用紙を買う度胸はなかったが文庫を購入。
ランチはペルというお店に少し並んで入った。

食べた後講演までまだ少し時間があったので、歴史民俗資料館も一通り見た。
自然の地形を生かした岩陰遺跡や、鉄刀を鹿の角の加工品で装飾したものなどが珍しかった。
その後講演会を無事に最後まで聞き、また4時間かけて帰宅。
一日ふらふらとうろついて、観光案内所や神社の方、観光ボランティア、お店など何人かとやり取りしたけれど、皆さん親切にしてくださっていっぺんでこの街が好きになってしまった。
今度熊野に行くときはここ経由で中辺路を行こう。
お土産に闘鶏まんじゅうを買った。


