自分自身のことをじっくりと考えていたら、はっきりしてきたことがある、ぼく以外の世界はつじつまが合っている、ということだ。
1974年。ヴェルナー・ヘルツォーク32歳。
映画批評家のロッテ・アイスナーが危篤と聞いて、ミュンヘンからパリに向かって歩き始める。
ぼくがたどり着くまで彼女は死なないのだと、しっかり思い定めて。
その旅路に祈りはない。礼拝堂に寄ることもなく、ただ淡々と雪や嵐の荒天の陰鬱な風景を歩んで行くこの日記を読んで、けれどこの旅が巡礼であることを疑う人はいないだろう。
動機は妄執。けれどそれは歩くことで彼女の生を引き伸ばす必死の願いであり、歩くうちに身体に色々な経験を取り込んで、そして彼女の死に直面する準備をしてゆく道順でもあった。
自分の足で歩かなければ見えないものがあると、よく分かってる人なのだろうな。
思えばいつでもつじつまの合わない自己認識をひっさげて、自分の足で歩き自分の目で見ることを大切にする人だ。
ぼくが歩いて旅をする人間であり、それゆえに無防備だということを、彼女は知っていたので、ぼくの気持ちをわかってくれたのだ。
逆に自分が死の床に就いていて、こんな阿呆がたずねてきたら、きっと彼女と同じように微笑まざるをえない。
『氷上旅日記』 ヴェルナー・ヘルツォーク 白水社

