主人公のラモンは25歳の時の事故で四肢が麻痺し、その後26年間を父、兄夫婦、甥に囲まれ寝たきりで生きている。
その彼が選んだ選択肢は尊厳死。
監督のアメナバールは『殺人論文』『オープンユアアイズ』『アザーズ』と、私の中ではホラーとかサスペンスよりの監督だけど、今作はノンフィクションを題材にしたヘビィなテーマの映画になっている。
1人で自殺するのならば、それはただの自殺でしかない。けれど、ラモンは四肢が麻痺しているために、自殺するのに人の手を借りなければならず、そうすると自殺を手伝った人が罪に問われてしまう。
映画はラモンが「合法的に」死ぬために司法制度に訴えようとしている状況をバックに、ラモンを取り巻く人々を丁寧に描いている。そして、スペイン北西部のガリシア地方の自然と海。
ひとくちに尊厳死といっても問題提起はいろいろあって、それにラモンを取り巻く人々の思いにも正解・不正解はなくて。
ラモンを諭しにきた神父に向かってラモンは叫ぶ。「自由とひきかえにした人生は人生じゃない!」そして自問自答。苦悩。
精神的な問題だけでなく、ラモンには別の問題もある。兄夫婦に全てを依存した生活。兄の小さな農場が、一家を支えている貧しい生活。
もし、働き手の兄を亡くしたら、老いた父と義姉と甥は路頭に迷い、そして四肢が麻痺しているために、生活に苦しむであろうかれらを見ていることしかできないばかりでなく、生きている限りかれらの負担にならざるをえない。
常に人生とは何かという問題と対峙しなければならない心の重圧。
未来のない病の中で、生きることを選ぶか。死ぬことを選ぶか。
ラモンと不治の病を持つフリアは、最初は補い合う関係かと思っていたけれど、話が進むにつれて、二人は表裏の関係として描かれていたのだ、と思った。尊厳のために死ぬことを選んだラモンと、最後まで生きることを選んだフリア。
正しい答えなど、あるわけがない。
山場はない。あっと驚く結末もない。ここにはそんなものはない。
海を飛ぶ夢。自由。ハビエル・バルデムの美しい瞳。爺さんの涙。
最後のスタッフロールで流れた曲がアイリッシュぽくて良い曲で、なんだろうと思ったんだけど、これは舞台となったスペインのガリシア地方の音楽が基本になっていて、この地方はスペインのケルト圏なんだそうだ。スパニッシュ・ケルトって初めて知った。
