高野山 「高野山の名宝」展と不動堂公開

お出かけ

高野山に行ってきました。
去年ちょうど同じ頃にレンタカーで行って宿坊で1泊して以来1年ぶりです。

今回は難波から南海の特急こうやで、ちょうど小学生の団体と乗り合わせたので、ケーブルカーはぎゅうぎゅうでした。
小学生たちはこの日の午後に班ごとにオリエンテーリングでもしていたのか、けっこうあちこちで道を聞かれたのですが、間違った道を教えちゃいけないというプレッシャーがあってですね。
大人にも方向音痴はいるのだよ……ふふ。
 駅前からバスで千手院橋まで移動し、まずは去年行った時は屋根の葺替中で外側を覆われていた多宝塔を見に、金剛三昧院へ。
頼朝の菩提を弔うために北条政子が発願して創建したお寺だそうで、御本尊は頼朝の念持仏の愛染明王。まずは本殿でお参り。

外から見ただけですが、客殿も見事な建物でした。
多宝塔もばっちり拝見。

しかし、帰ってみてから経蔵とか神社とか全然見てなかったことを知る。けっこう奥深いな……いつか高野山でまた泊まる機会があったら、こちらの宿坊に泊まりたい。

昼食を取った後、霊宝館へ。
「高野山の名宝」展ということで、運慶の八大童子像など。
不動堂の御本尊の不動明王は赤が鮮やかに残っていて、特に光背がかっこいいっす。
快慶の深沙大将と広目天をじっくり見てやっぱすごいなーと思い、運慶は矜羯羅くんと制多伽くんをみたらもう笑っちゃうくらい特別なのが分かるや、という感じ。
両頭愛染曼荼羅という、愛染明王と不動明王が一緒になった図像など珍しいものも見られました。
両界曼荼羅のある紫雲殿ではベンチに座って天井の三鈷杵をあしらった漆喰飾りもじっくり見てきました。
紫雲殿もですが、順路に従ってぐるりとまわって最後に出口で振り返ると、上方に放光閣の扁額があって、四方の壁面に仏像が展示されている、この展示室の空間が凄く良いのです。

霊宝館を堪能した後で壇上伽藍へ。
この日はちょうど不動堂の公開日でした。
内部は撮影禁止だったのでちょっと遠くから。

不動堂は明治41年の修理の際に、一心院谷から現在の場所に移築されたそうです。
4人の大工が四隅からばらばらに作ったなんて言われるように四隅の造りが異なっていて、軒下を覗くとなんか不思議なことになってます。
中には須弥壇と来迎壁、復元した厨子があって、今は中には板彫みたいな不動明王像がありました。よく見えず。
天井は細かい格子で角がカーブしています。
そして左手には襖。
不動堂の襖は現存する最古の襖で、表具は張り替えられてますが、骨は700年前のものだそうです。
もらった資料には、

現在の不動堂は五坊寂静院文書にある「一堂」であり、その「一堂」は、阿弥陀如来を本尊とし、西に開いた蔀戸越しに西方浄土を願い往生を遂げるための建物、「往生院」或いは「葬堂」であったと推定できるのではないだろうか

と書いてありました。

壇上伽藍では去年ひと通り入っていたので今回は外観だけ見て周ってうろうろ。

西塔が素敵。

その後、元々不動堂があった一心院谷の方へ歩いていってみました。
金輪塔は公園の一部になっていて、不動堂の前にあった心字池はフェンスで囲まれていました。
この池も14世紀の遺構と考えると移築しないで不動堂を修理する時に周辺環境も合わせてなんとかならんかったかなーと、歴史好きの勝手な立場としては思ってしまいますが、今は往時のここにあった不動堂の姿を想像するだけです。

まあ天保時代の塔を見つつブランコ漕げる公園というのもそれはそれで面白いかもしんない。

最後に波切不動さんにお参りして御朱印を頂いて、バスで駅に戻ります。

ケーブルカーの発車まで時間があったので、駅舎の中をじっくりみました。

南海は古い駅が残ってるって聞きますが、高野山駅も木の階段で2階に上がると木の床の待合室があり、展望室からはけっこうな眺めが見えました。

帰りは普通電車と急行を乗り継いで帰宅。