今年もあまり読書してなかったけど、年3冊発行の『MONKEY』はかろうじてついていってます。
vol.8は東京国際文芸フェスティバルに合わせた「2016年の文学」特集。
巻頭のオルハン・パムクの「事物の無垢〈抄〉」は実際にオープンした自作の小説とリンクする博物館の図録みたいなもので、個人的な物語みたいな、70-80年代のイスタンブールの記録として民俗学的価値が出そうな、よその国の読者からみると異文化として面白くて、本読みで博物館スキーとしては2度おいしい。
『無垢の博物館』はいつか読もう。
特に刺激的だったのはイーユン・リー「小さな犠牲」。
ペットとして飼ってる豚が大きくなりすぎちゃって、大家から処分を迫られてる女性の話。っていうとなんかコメディっぽいな、全然そんなことなくて、語られるのは主に主人公とその母の関係。
母が娘に言った台詞として
「他人の人生で人が重みを持つとしたら、それは何を与えるかではなく、何を奪えるかだ」
こういうのが出てくるのが凄い。
猿からの質問は海外の作家に聞いた「自国の本で日本の読者に読んで欲しい本」と「日本の本で自国の読者に読んで欲しい本」が面白かった。
ロシアでいい翻訳家に恵まれて短歌や俳句が紹介されてるなんて初めて知った。
対談とかも面白かったけど、文芸フェスティバルには興味を持てなかった、ていうか…自分が現代作家の本を、ほんっとに、読んでないなーと改めて感じた。
読んでないとその場には行けないな、と。
これは原語で読む人と翻訳でしか読めない人の溝かもなあ。なんて言って単にコンプレックスが露呈しただけかもしれない。
ガイブン読みも極まればいつか原書でっていうのはあるよな。素晴らしい翻訳でたくさん新刊が出てるって環境に感謝はあれど。
vol.9は「短篇小説のつくり方」特集。メインはグレイス・ペイリー。初めて読んだ作家で、短篇もインタビューも凄く歯応えがあった。
「死せる言語で夢を見るもの」が特に好き。
主人公は老人ホームにいる両親に会いに行った女性。家族間の愛情は時として義務的に、時として滑稽な喜劇にも悲劇にもなる。
ありふれた家族の一コマでも組み立て次第で怖いことできるなあ。どこにも行き場がないイメージ、移民と老人ホームのそれが重なった時の破壊力はおそろしかった。
ばらばら寸前で踏みとどまる一家族の不幸が普遍性を持つ。
インタビューがほんとよかった。根っからの作家というか、物語の語り手としてのスタイルに憧れる。
ガチのフェミニストだけど作品にあまり主義主張っぽいのが表面に出てこないのは、女性に肯定的に共感していくスタイルにあるのかも。語り手よりもまず良い聞き手であるということ。
あとインタビューの中にあった、物語が元々あって、でもその物語の真相をただしく伝える語り方が分かるまでに時間がかかったという所が印象に残った。
他の短篇で印象に残ったのはムナ・ファドヒル。
18年捕虜だった男が解放される話で、落ちもうまく決まってるけど、解放されることに半信半疑でとある行動をする、そこの描写、その切実さにちょっと涙出た。
あと、マシュー・シャープはラストの1文が、混乱と悲しさと未知の何かへの期待とが入り混ざって複雑でなおかつロマンティックで、なんていうか、こんな文が出てくるということに嫉妬した。
この号は読み応えがあった。
vol.10は「映画を夢みて」特集。
ポール・オースターは少年が見た映画の筋をたどる話。もしかしたらB級SFなのかもしれないけど、少年が大きな影響を受けたのがよく分かる。少年の全てを変えてしまう力を持つもの。
映画のあらすじを丁寧に語ってるのが、ちゃんと小説になってるのがすごいと思った。
カズオ・イシグロのドラマ脚本もかなり奇妙な話で良かった。どっちもイメージ喚起力が強かった。
西川美和のインタビューは映画監督として、作家として物語の描き方がどう違うかとか、面白かった。
映画監督はスタッフを背負う責任があるということ、あと打ちのめされるような映画だったらほんとぐうの音も出ないようなものを…のくだりが良かった。
映画ってそういうところがある。

