とある作家の話

読書

長距離の移動中で暇なので、前からなんとなく書こうと思ってた、とある作家の話を書こう。

「好きな作家は誰か」と聞かれた時に、名前を出す作家じゃない。
けれど、自分の立ち位置がよく分からなくなった時、文章がうまく書けなくなった時、いろいろと煮詰まってきた時に、自分を見つけなおすために読む作家だ。

そのひとに、薔薇みたいな名前のついた作品がある。

舞台となるのは大正時代のとある作家の館。
芥川龍之介、菊池寛などが集まって、とりとめなく、この上なく面白くて無意味でスリリングな会話をだらだらする。

夏目漱石の『猫』を大正時代に人と舞台を移して書き直したエンタメだ。

猫との違いはいろいろあって、夏目漱石はもちろんどうしようもない太陽みたいなスペシャルな才能で、そこに集まってくるのは太陽に引っ張られてぐるぐる回る惑星たちだ。

それに対して薔薇みたいな名前の館の主人は、まあ作家ではあるけどぱっとしない。
芥川龍之介と菊池寛という、文学史でそれぞれ独立したページを持つ2人に比べると、その他一同で済ませられてしまう程度。

猫が天才を中心に集まる人々の群像なら、後者は凡人から見た拮抗する天才2人の火花の散るような、華々しい才能の相克。

これが西洋なら、モーツァルトとサリエリみたいになるかもしれないけど、こっちは嫉妬があっても自分の分をわきまえていて、作中には春風駘蕩の空気が漂う。

ここで作者の話に戻ると、彼は多分、生まれる時代を間違ったと思ってる。
自分が生きるべきだったのは現代でなく、明治、大正だったのだとどうしようもなく渇望している。

すぐれた眼と鋭い舌鋒を持った彼はとんでもないデキる批評家でもあったけど、尊敬する作家に対する愛情もはんぱなかった。

その作家の文章は最近じゃ滅多に見られない日本語ってうつくしいのだと思い出させてくれる文章で、軽やかなユーモアがあって、そして色気があふれている。

彼の文章の色気が、男の嫉妬から出ているのは確かだ。

んー、結局言いたいのは、その本の登場人物たちの距離感とか関係とかがすごくつぼるという話なんだけど、まだ核心に迫れないな……。

まあ、またそのうち。