フェッセンデンの宇宙

読書

 派遣会社に登録しまして、微妙に働き始めました。で、今日は、次の仕事先の見学。来週から一週間ちょっと通います。

 帰りに本屋で『眠り猫』(翔田寛)購入。

 『フェッセンデンの宇宙』(エドモンド・ハミルトン)読了。

 奇想コレクションです。作者のエドモンド・ハミルトン(1904年ー1977年)は、キャプテン・フューチャーというスペースオペラのシリーズでよく知られているらしい。まあ、読んでないわけですけど・・・・・・。

 一冊を通して読んでみて思うのは、話の骨格はどこかで見たようなものばかりで、結末が読めてしまうことが多い。けれど、特に野性的なものや、ふとした時の描写に魅力があって、成り行きが分かっていたとしても惹かれるものもある。

 技法として優れていると思うところはまったくないけれど、読ませる文章を書きなれているのかなという印象。

 好きな短編について一言ずつ。

 「向こうはどんなところだい?」
 火星の調査から帰ってきた男が、火星で死んだ仲間の家族に会ってまわる話。
 死と、生者のための嘘。テーマからして好みなんですが、死んだ仲間に対して生きて戻ってきた主人公の葛藤、宇宙で英雄的に死んだのだと信じたい、残された家族に対してつく嘘、それからタイトル通り、何度も主人公に投げかけられる言葉、そこから生じる孤独感・・・・・・。
 静かで、深みのある一編です。

 「追放者」
 SF作家仲間の気楽な集まりで、一人が語り始めた妙な話。
 ショートショートくらいの長さの掌編だけど、「ぼく」のこの言葉はしみてくるなあ。

 「まだ一行だって書いてないうちから、ありもしない世界や人々を空想していたわけだろう? それこそ、子供のころから。なぜかというと、ここが居心地悪いからだよ」

 「翼を持つ男」
 翼を持って生まれてきた男の話。
 それこそ、話の展開は読めてしまうけれど、本能にまかせた終盤の勢いは、かなり詩的。

 こうして思い返してみると、各編とも、話が進んでいくうちにテンションの高まりがあって、一番熱いところで、作者がこれでどうだ! と叫んで終わることが多いような気がしてきた。
 そういう熱さは好きです。細かいところなんてどうでもいいじゃないか。