天路歴程【感想】

読書

 『天路歴程』第一部、第二部を読了しました。

 作者のジョン・バニヤンは1628年~1688年、学校で教わる世界史では「ピューリタン革命」という一言で済まされる、革命や内戦のごたごたの時代に生きた人です。
 鋳掛屋の息子として生まれ、召集されて軍隊に入り、結婚して、キリスト教の信仰に目覚め、説教師となったバニヤンは、当時の世情から、牢に入れられたり出されたりと、国の上に立つ者の方針によって翻弄される、困難の多い道を歩んだようです。

 『天路歴程』第一部の冒頭は、牢を表す穴倉で、夢を見るところから始まります。この作品は、アレゴリーという、概念を擬人化した技法で書かれていますが、12年という歳月を牢獄で過ごした経験と、その際の思索が表されているのでしょう。

 読む前に参照した『イギリス小説入門』(川口喬一著)によりますと、このアレゴリーという手法は特別なものではなく、当時の説教でよく使われていた手段だそうです。

 第一部は、「クリスチァン」という主人公が、巡礼となって「滅亡の市」を出発し、天国へ至るまでの苦難の道のりが書かれています。
 「強情」や「優柔」と言われる人に戻れと説得されたり、途中悪魔と戦ったり、「虚栄の市」で道連れを殺されたり。
 そして、「絶望」の巨人に捕えられ、ひどい目に合わされて「自ら死を選べ」と迫られたり。
 何度も絶望しかかりますが、最後には「希望」を伴って、天国へと到達します。

 第二部は、「クリスチァン」が故郷に残していった妻と子供たちが、今度は巡礼となり、同じ道のりを行く話です。

 第一部は、バニヤンが自分を投影したのかしないのか、作中に書かれているように、作者は実際に「敵」に相対していたのですから、その困難に直面したときの重苦しさと、それに対して立ち上がる意志の強さを感じさせる、どちらかというと英雄的なものになっています。

 それに対して、第二部は、妻子、若い女性、老人、障害を持った人、心の弱い人などの巡礼の旅路です。

 自らが道を切り開いた第一部、後に続く人たちのことを考え、指針となるように身近な話として、読む者に自分の似姿を発見させる第二部と言えます。

 説教者、しかも強い意志をもった苛烈な・・・・・・が書いたものですから、頻繁に表れる聖書の引用もあり、キリスト教に縁のない者にとっては理解が困難な部分も多いです。

 けれど、虚栄の市で、絶望の巨人の城でとらわれの身になる主人公の不安の高まり、第二部で弱い者たちが力をあわせて道を歩み、目的地にたどり着いて、それぞれが後に残す人々に言葉を残すところには、大きなテンションの高まりがあり、バニヤンという人の生き様を含めて、読みどころの多い2冊でした。