梅雨に入る前にどこかに出かけたいねということで、ちょうど晴れた日曜日、相方と2人で柳生街道を歩くことになった。
事前に「大体何km?」と距離を聞かれたので「10・・・・・・2、3kmカナ?」と適当に答えておく。本当は20km弱だが、知らなければ気づかないだろう。
柳生街道は、奈良の春日大社の南から奥山を越えて柳生の里に続く古道。本当ならえんえんと街道を歩いて剣豪の里にたどり着く方が感慨もありそうだけれども、柳生へ行くのは初めてで、少し時間をとって見てまわりたかったため、先に柳生に行ってから奈良へ歩くことにした。
大阪駅を7時台に出発し、JR奈良駅に着き、8:21出発のバスに乗車。柳生までは約50分、950円の道のり。バスの本数が少ないためか乗車率は高く、立っている人もけっこういた。近鉄奈良駅からバスに乗った人は座れなかったので、バス始発のJR奈良駅で乗って良かったとこっそり息をつく。
9時過ぎに柳生に到着。あらかじめ準備したマップを見て、まずは柳生十兵衛が植えたという十兵衛杉を探す。道はよく分からなかったが、落雷で枯れた木は遠くからでもかなり目立っている。
次に、旧柳生藩家老屋敷へ。かつての家老屋敷で、その後作家の山岡荘八が所有し、死後に奈良市に寄贈されたそう。
こざっぱりと綺麗に、そして山里の鄙びた雰囲気を壊すことなく管理されたお屋敷で、庭を見ながらお茶でも頂いたり一杯やったり昼寝したりするにはいいところだけど、展示はわりといいかげん。山岡荘八ファンが行ったとしたらちょっと物足りないだろうな。
柳生陣屋跡(現在は特に何もない)を経由して、柳生氏の菩提寺、芳徳禅寺へ。本堂にお参り。
柳生氏の墓所もあるけれど、少し距離があったので今回は見送り。
地図を見る限り近くにあるはずの正木坂道場はどの建物か特定できないまま、天乃石立神社へ。
この神社、手力雄命が天の岩戸を引き開けた時に、力余ってその扉石が飛び、この地に落ちたという巨岩が御祭神になっている。
木が生い茂り、昼でも薄暗い参道を進んで御祭神の岩が見えた時は、その大きさ、苔の生えたその威容に思わず息を呑んでしまう。
神社の奥には、柳生石舟斎が天狗と思って切ったら岩だった、という、綺麗に真っ二つに切られた岩がある。これまた大きい。どのくらいでかいかというと飛鳥の亀石より少しでかいくらいかな。

参道からくだった所にある茶屋で昼食。相方は茶粥、私はうどんと高菜で巻いたおむすびのセットを食べる。古代米で作ったお餅が入っていて美味。
ここで柳生の里めぐりは大体終了。時間は11:30頃。本格的に柳生街道を歩き始める。
ほうそう地蔵にお参りして、阪原峠を越え、集落に入ると、柳生但馬守がお藤を見初めたというおふじの井戸がある。
そこから少し歩けば南明寺。
お堂の縁側に座ってお弁当を食べている人が何組かいる。

ここでは休まずにまた山道をのぼったりくだったりすると、大柳生の集落が見え、そして森の中に建つ夜支布山口神社に着く。ここでもお参り。
さらに歩き、今度はのぼってのぼって忍辱山(にんにくせん)の円成寺にたどり着く。ここはとても絵になる古刹だけど、池のほとりのお茶屋さんに直行。甘くて大きなわらび餅とお茶で一休み。
ここで時間は14時を越えていたので、中には入らずに先を急ぐことにする。
途中でしばらくは県道を歩き、茶畑を横目に見つつ進む。農家の無人販売所でほうじ茶を500円で一袋いただく。
誓多林に入り、マップによれば石灯篭や五尺地蔵があるようなのだが、どこにあるのかよく分からなかった。
峠の茶屋から200m東に綺麗なトイレがあったのでそこで一休み。
茶屋には寄らず、ひたすら歩く。
茶屋の先に、荒木又右衛門が試し切りをしたという首切り地蔵がある。そこからは石で舗装された、能登川沿いの滝坂の道。石仏が道の脇に残っている。柳生側からはずっと下り。

瀬の音が絶えず聞こえ、苔むした石畳に木漏れ日が差す道は涼しげではあるものの、前日の雨のせいか、葉っぱが積もった濡れた道はとても滑りやすくなっていて、一歩一歩注意して歩くので、なかなか進まない。
かなり時間がかかってやっと平らなところへたどり着いた時はほっとしてしまった。
柳生街道入り口の文字を見たのは16:30頃。拝観時間や休憩時間を入れて、ゆっくり歩いて7時間近くかかったことになる。
奈良公園で少し鹿を追い、バスで駅に戻り、痛む足をひきずって帰宅。

