緊急事態宣言が出て、明けた

今年の日記がほとんど止まっていた。
2月いっぱいはのんきにしていたと思う。ただちょっと難しい仕事が始まっていて、それで頭がいっぱいいっぱいだった。
意識が変化したのはいつだっただろう、小中学校の休校が決まったときだろうか?
大阪の春の風物詩、造幣局の通り抜けの中止が決まったのは早かった。
それでも3月に兵庫と大阪の往来を自粛するよう知事のメッセージが出たときも、兵庫から職場に来ている子と「そう言われてもねー」なんつってて、なにしろ大阪駅からJRで5分でもう兵庫県だ。まだそれほど深刻には思っていなかった。

疫病が流行るということがこれほど大きな変化をもたらすとは思っていなかった。
いちおう歴史クラスタではあるので、過去に流行した疫病のこともろもろを知識としては知っていても、自分自身が直面するのはやはり違うもんだ。
テレビでえんえんと感染者の情報が流れるのは、どこかで災害が起きたときと似ていた。

3.11のときと似た感じがしていた。ある日突然、世界が”悪い方に”分岐してしまったような。

緊急事態宣言が出る前に、その予告があった。それを揶揄する声も聞いたけれど、店が閉まる直前に生活必需品をそそくさと買いに行くことができた。一応一家の生活面を担うものとしては籠もるなら籠もるでやっておきたい準備があるのでこの時間差は地味に助かった。
旦那はリモートワークをはじめる準備をしていたが、社長のハンコがないとかで延期になるなどの茶番もあった。
私は時差出勤で多少の時短労働となったが、ふつうに毎日梅田に仕事に出かけていた。

駅のデジタルサイネージにはすべて緊急事態宣言の表示が出ていて、あの梅田ダンジョンの店が大きな店も小さな店も新しい店も古い店も閉まっている非日常感。
職場のトイレで梅田のあそこの店は開いてるらしいとか、これから仕事どうなっちゃうんだろうねとかぼそぼそ話してるのを横から聞いていると、とんだディストピアがいきなりきちゃったという気もしていた。

ゴールデンウィークには大学の同期を誘って、「コロナ後の社会」でもテーマにオンライン飲みしようぜと誘おうかと思ったが、なんかゲームをしているうちに終わってしまった。(ドラクエビルダーズ2をやっていた)
ニューノーマルとかそういうことを話してみたかったわけだけど、短い期間で新しい言葉や行動様式が一気に広まるのを見るとぞくぞくしてくるのはやっぱいちおう社会学のしっぽがくっついてるせいかもしれない。

情報という点では、お医者さんが発信してくれる情報を見られるのは本当に役立った。生活面でも精神面でも。冷静な人がいるというのはとても安心する。
特に今村顕史先生(https://twitter.com/imamura_kansen)のツイートには助けられた。

それから、昔読んでいた面白いブログの主が確か感染症のお医者さんだったのを思い出して、今頃活躍されてるんだろうなと思っていたら、羽海野チカ先生のツイートでお名前から何から明らかになってびっくりした。くつ王さん。https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/
ハチクロをリアルタイムで読んで、真山あああ、はぐちゃんんんnって言ってたころに、その作者と同じブログを読んでいたなんて不思議な感じがする。

この2ヶ月くらいで感じていたことを書いておこうと思ったが、すっかり日常になってきたな。
商店街の露店で売ってるマスクの値段には横棒がひかれ、50枚1000円ほどに値下がりしていた。
生活がまず変わり、これから価値観が変わっていくんだろう。布マスクはファッションになり、ヒジャブが文化的だけでなく科学的に合理的とされたりとか、しらんけど。