沈黙博物館【感想】

読書

 小川洋子の『沈黙博物館』を読んだ。

 小学生の読書感想みたいな言い方になってしまうけれど、迷わず「今年読んだなかでいちばん面白かった本」。そして、本を読むという喜びを久しぶりに味あわせてくれた一冊だった。

 この本との出会いからして幸福で、本屋にふらっと立ち寄ったときに書名が目にとまり、帯の文句に興味を惹かれ、背表紙のあらすじを読んでこれは私が読むべき本だと確信し、そして期待は裏切られなかった。

 読んだ後で、こんなにいい本(だけど話題性があるわけでもなく地味な本)が何故書店で平積みされていたのか不思議に思っていたけれど、友人から指摘されてやっと知った。本屋大賞だかなんだかの『博士の愛した数式』の作者だったんですね。
 普段、賞とかいうと権威になんとなく反発してしまうあまのじゃくなので、知っていたら多分読まなかったけれど、その賞がなければこの本が平積みされていたことも多分なかったわけで。
 何はともあれ、めぐりあいに感謝。本屋大賞、毛嫌いせずにチェックしてみますかね。

 というわけで、忘れられない一冊になった本書だけど、私はこの本の解説や誰かの感想を読みたいと思わない。
 この物語はもう既に私の中に根をおろして、息づいていて、それを他人に分析される必要を感じないし、むしろ拒否したい。
 なので、私がこの本に対する感想を書いたとしても、この本を読んだ人、これから読む人に読んでほしくはないんだけど……でも、思ったことの断片を少し書いておこう。

 主人公は博物館技師。学芸員に近い職業だと思う。主人公は老婆に依頼されて新しい博物館をつくるために訪れる。
 博物館の扱う所蔵物は、「形見」。人が生きた証であり、その人そのものであり、死んだあともその人のことをいきいきと語る品物。博物館の名前は……沈黙博物館。
 そして主人公は、老婆に言われ、老婆の娘や周囲の人々と協力し、形見を集め始め、博物館をつくりあげる準備をはじめる。

 主人公をはじめとする登場人物たちも、かれらが住む町自体も、名前を持たない。おそらく日本ではない。唯一出てくる固有名詞『アンネの日記』。だからきっとこれが発行された後の世界ということだけ分かる。町での静かな生活、死というものに肉薄していく生活。
 人は死ぬ。死者はもう語らない。そこにあるのは沈黙だ。けれど、残された形見は沈黙のうちに、人が生きていたその証を雄弁に語る。対比させるかのように出てくる沈黙の修道士。彼らも沈黙のなかに生きている。しかしその存在はなにかを雄弁に語りかけてはいないだろうか?

 いくつか自分の中で整理できていないこともある。
 形見のみつからない人は? 規則正しい生活をし、特筆すべきなにもない人生において、その人の生はどう語られる?
 私の形見は何だろう?

 ふと思ったのだが、この本の主題、沈黙博物館という着想を作者が得たのは、少女の語った「形見がなくなったのに気がついた人」の言葉のところじゃないかと思う。
 というのは、私自身があるひとの形見をいつのまにかなくしてしまった経験があるからで……それが「沈黙博物館」に陳列されているならば、おおいに納得がいくものだと思うけれど……ここからは、別の話だ。