今月に入って少し読書欲が戻ってきたのはいいのですが、久世光彦に始まって、黒鳥忌に中井英夫を読んで、小川洋子の偏愛短篇集を読んで、山尾悠子の『ラピスラズリ』を読んで、津原泰水の猿渡くんを読んで、だんだん戻って来られなくなってきた。
夏にSFが読みたくなるように、寒くなると此方と彼方のあわいが曖昧な話が読みたくなってくる。
『小川洋子の偏愛短篇箱』は、前書きを読んだ後に1ページめくって最初の短篇のタイトルと作者名が目に入った瞬間に、これはただの名作だの傑作だのが並んだアンソロジーじゃないな、これは凄いところに連れて行かれるなというのが分かって、その予感は裏切られなかった。
世間にはほんと凄い短篇があるもんですね。
そしてこれらを選ぶ作家の眼というのも興味深い。
読者はあっさり打ち倒されてすげえやとか言ってりゃ済むけど、作家はこんなものと切り結んでいくのだからなあ。
とてつもねえや。
この中で好きなものと言われれば内田百閒、乱歩、宮本輝、川端康成。
横光利一はなんじゃこりゃ、死病を患った妻の看病という生々しくて重いはずの題材なのに、妙に乾いたユーモアは。私の偏愛箱にしまう。
好きというわけではないけれど、どうしようもなくあとを引くのは谷崎潤一郎と三浦哲郎。
田辺聖子はほんとワンアンドオンリーだなあ。
高校生くらいのいくらでも読める時期に私は偏食してしまったので、というのは受験勉強がいやでいやで本ばかり読んでいたら、同級生にやっぱり読まないと文学史とか頭に入ってこないよね偉いねとか言われて、そんな不純な動機の読書に見える本は読まない、私は面白そうと思った本を、好奇心以外の動機では読まないと誓ってしまったからで、今思うと高校生くらいで一度読んでおくべき本がすっかり抜けてるなあと思います。文学だから、なんとかだから、とかこだわらずにもっと色々と読んでおけばよかった。

