本屋で、『狐が選んだ入門書』という新書を衝動買いしてきて、少しずつ読んでいる。
金子光晴の『絶望の精神史』を紹介する文章の中で、絶望の対極にあるものは「希望」とかいうよくわからないあやふやなものではなく、こういうことではないかと筆者が書いている部分がある。
そして筆者はそれを表す日本語がないことを嘆く。
無粋を承知でそれをあえて言葉にするならば、無意識のうちに発揮される思いやりとか、小さな善意の積み重ねのようなもの。
ものやわらかい文章を書かれる狐さんにしては、手厳しい一節を読んで、現在の状況と重ね合わせて深く考えさせられる。
