上京2日目の午前中。
ホテルでゆっくり寝て休んで最も気力体力共に充実している時間に充てるのは、もちろん今回の上京の最大の目的、東京国立博物館。開館時間に間に合うように上野に移動した。
日本書紀成立1300年「出雲と大和」展。
出雲が象徴する「幽」の世界と大和が象徴する「顕」の世界。
もともと私は特に興味があるのが弥生時代後期から古墳時代ということもあり、島根には3回、奈良にはけっこう行っている。久しぶりにお目にかかるものや、最近の研究成果なんかも見られるだろうと楽しみにしていた。
出雲大社から出土した心御柱と宇豆柱、それから模型の出雲大社本殿を見て想像するそのスケール感、比類のない建築物。
それからやっぱり荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡をはじめとする度肝を抜かれる銅剣、銅鐸などの出土品の物量。
加茂岩倉遺跡の銅鐸の発掘現場の復元があり、ここだけ撮影可能エリアとなっていた。

銅鐸1個でも大発見なのに、こんな大量の銅鐸を発見したら、腰も抜けるというもの。
そういえば最近自分の中で熱い銅鐸といえば淡路島の松帆銅鐸なんだけど、松帆3号鐸と加茂岩倉27号鐸、松帆5号鐸と荒神谷6号鐸が同笵(兄弟)関係ということで、いつか松帆銅鐸を見に行くときのための予習と思ってよく見ておいた。
やっぱり絵画銅鐸は人気があり、「この銅鐸の躍動感は…」なんて声が聞こえてきて、こんなに銅鐸を熱心に見てる人は身近ではあまりいなかったから、心のなかですごく盛り上がって祭り状態になっていた。
あと見どころといえば、圧倒的な量ということでは出雲に負けていない、33面の三角縁神獣鏡が出土した奈良の黒塚古墳。
藤ノ木古墳出土の国宝の金銅馬具もどっさり並んでいて目の保養になったし、橿考研のキャラ、いわみんのもとになった埴輪もしっかり来てたし、あと當麻寺の持国天立像(推し仏像)と矢田寺の観音さんがお越しになってたのはびっくりしたなあもう。
石上神宮の七支刀と鉄製の大きな盾が並んでいたのはちょっと感動してしまった。
七支刀は石上神宮で特別公開されたときに応募して、拝殿に上がらせてもらうからかしこまってスーツ着て見に行ったんだよな~ありありと思い出す。懐かしい。そのあとに鉄盾をトーハクの常設で見てすごいと思ってたので、到底実用品ではない形状と細さの刀と、異様に大きな鉄盾を揃いで見られたのが本当によかった。
最新の研究という点では宇宙線ミューオンによる箸墓古墳の調査。宮内庁が管理していて基本立入禁止の古墳内部の透視画像を撮るという研究があってとても期待。
あと出雲の知識が主に青銅器が出土した遺跡と神社関係で古墳時代の知識が抜けてたので、そこを埋めることができたのが個人的によかった。四隅突出型墳丘墓の存在や、前方後方墳が作られる時期が、中心地の大和やそこから伝播していった他地域とちょっとずれがあって出雲独特のものがあるというのは図録を読んで初めて知った。
すっかり満足してお昼頃に博物館を出て、慌てて移動。昼からはオフ会に参加して、夕方解散したあとにまた上野にとんぼ返りした。
東京都美術館でハマスホイ展を見るつもりだったのだが、美術館の近くまで行って閉館時間が来ていることに気づく。周囲の国立館の夜間公開が金、土曜日なので、てっきりここも土曜夜にも開いていると思い込んでいたのだが、ここの夜間公開は金曜だけらしい。
あらかじめ知っていたら前日に見たミイラ展と予定を逆にしたのにな~と思いつつ、思いがけず浮いてしまった時間をどうしようかと、またトーハクへぶらぶら歩いていった。
午前中に見た大和の流れから、自然に法隆寺宝物館に向かっていた。

ここの金銅仏を見ているとあっという間に1時間が経っていた。
今回いいなーと思って眺めていた像


そのあと平成館に行って考古室を見る。
古墳から出土した木製埴輪って相当レアかと思っていたら、羽曳野市の伝応神陵古墳出土の蓋(きぬがさ)が2つもどーんとあって、自分がぜんぜん物を知らないことを改めて知る。
ていうか足りないのは大阪の古墳の知識なのかなー。
あと出雲の子持ち壺の形状が面白いなーと思っていたら、子持ちの須恵器が常設にいろいろあり面白かった。

常設を見ているうちに時間が来たので東京駅に移動してのぞみに乗る。
乗る直前に大丸に寄って買ったお寿司を食べつつ帰宅。

今回のおみやは、世田谷で買ったアンリ・ルソー飴

顔の再現度が高くてよかった。
あと出雲と大和展ではいろいろグッズがあり、銅鐸ガチ勢としてはピアスは買うべきではと相当迷ったが、

落とすのが怖く、結局ストラップにして、図録をはじめとしてこれだけ買った。
↓↓1日目の日記↓↓

