「ゴヤ 理性のねむり」展

ゴヤ展看板 美術館・博物館

伊丹でゴヤの版画のコレクション展をしていることを知り、出かけてきた。
ゴヤへの興味は、学生の頃に読んだある作家のエッセイで黒い絵のことを知ったのがきっかけで、新婚旅行の時にプラド美術館で見てきたという経験があり、他の作品は本当に有名作しか知らないが、自分の中で特別な画家だというのがある。
伊丹は私が住んでいる市から空港を挟んだ向こう側にあり、バスに乗れば20分程度で行くことができるので、けっこう気軽に遊びに行けることもあり、行ってみることにした。
看板では妙に扱いが小さかったが……。

今回の展覧会は、「「ロス・カプリチョスにみる奇想と創意」というタイトルがついている。
1799年にゴヤが出版した最初の版画集『ロス・カプリチョス』の全80作品が展示されていた。すべての作品にタイトルとプラド版の註釈、解説が書かれたキャプションがついているので、そのままでは理解しがたいものもある絵の内容を理解するのにとても役立った。
前半は社会を批判・風刺するものが多いのか、娼婦とセレスティーナと呼ばれる遣り手婆、騙し騙されする娼婦と紳士、古い教育方法、迷信、異端審問などが描かれている。
そして中盤にある「理性の眠りは怪物を生む」以降は、魔女や動物、悪魔的な題材が増える。

ゴヤ「理性の眠りは怪物を生む」

出版されたのはフランス革命の10年後であり、ナポレオンがスペインに侵攻してくる前。ゴヤ53歳の時。
風刺といってもユーモアよりは、描かれた人物の表情からも悪意を強く感じた。
それから印象に残ったのは、多彩な鳥や動物、人の描写が正確に見えるということ。
翼を広げた足の長いフクロウや、毛を逆立てた猫、母にお尻をぶたれているこどもの泣き顔……キャプションの中で、ゴヤが絞首刑になった男の死体をスケッチしたという話が書かれていたけれど、鳥や動物、人の写生をよくしたのだろうな、と感じた。
そして宮廷画家となった後、53歳にしてアクアチントなどの当時の新しい技法を独学で身につけ、積極的に使っているということ。
ゴヤの批判しているものは旧態依然のもの、無知なもので、そういったことへの強い批判精神が、新しい絵画の技法や、これまでにない絵画への情熱となって表れたのかな〜とかそういうことをちょっと考えた。

1枚1枚じっくりと見ていたらなんだか絵にあてられて、生気を吸われたように消耗してしまった。
美術館の外に出たら、眼の前を通り過ぎたおばあちゃんがさっきまで見ていた遣り手婆そっくりで、戯画的な表情だと思っていたゴヤの絵が実はすごくリアルな表情を描いているのか、それともゴヤの絵を見すぎて自分の目が人の顔からゴヤ的なものを抽出するようになってしまったのかと頭がぐるぐるした。

もらったチラシは四つ折りで、ポスターサイズだった。

ゴヤ理性のねむり展チラシ

見る角度を変えると、いろいろな絵が浮かび上がる。印刷が凝ってる。

ゴヤ理性のねむり展チラシの部分